筆者:安藤光
プロフィール
1986年 福島県福島市生まれ 福島市在住
2008年 石巻専修大学 理工学部 基礎理学科卒業
福島県福島市を拠点に活動する画家です。極細のペンを使い、
単純な線や図形を繰り返し描き続けることで、意図だけでは完全に制御できない画面を制作しています。
説明できないものを描く

小学生時代、自由帳の余白を埋めるように、文字や図形を描いていました。
何か具体的なものを描こうとしていたわけではありません。
ただ、線を引き、形をつくり、それを繰り返していました。
あるとき、描いているところを覗き込まれ、「何を描いているの?」と聞かれました。
けれど、答えられませんでした。「何か」を描いていたわけではないからです。
今振り返ると、そのとき初めて、人は描かれたものに意味を求めるのだと知ったのかもしれません。
私にとっては、図形や線を引いたり、ただ描いている時間でした。
しかし、他者から見れば、そこには「何か」があるはずで、その正体を説明することが求められる。
その経験は、現在の制作にもつながっています。
私は、具体的なイメージや完成した画面をあらかじめ設定せず、単純な図形や線をひたすら描き続けています。
何を描いているのかを説明するためではなく、描くという行為そのものを積み重ねるためです。
作品として絵を描き始めたきっかけ

義務教育以降、美術系の学校を卒業したわけでも、専門的な美術教育を受けた経験があるわけでもありません。
それでも、幼い頃から描くことだけは続けてきました。
社会人になり、自分は本当に何をしたいのかを改めて考えたとき、
真っ先に思い出したのが、幼い頃に夢中になって描いていた緻密な図形でした。
「子どもの頃にやっていたことを、今もう一度真剣にやってみたらどうなるだろう?」
そう思い立ち、社会人として疲れ切った日々の中で、再びペンを手に取りました。
「〇を100個描けと言われて描こうとする人はいるけど、10万個と言われると見返りなしに挑戦する人がいない」
「これなら一生描き続けられる」
と、自分の長所に気づき作品制作に取り組み始めました。
2009年には、人生で初めて、ボールペン画をインターネット上に公開しました。
Pixivへの投稿は、自分が描いてきたものを初めて社会に向けて公開する行為でもありました。
当時、描くことは、社会に出てストレスにさらされる中で、自分の心を保つための行為でした。
仕事でクタクタになって帰ってきても、
絵を描く時間だけは「今」という現実から解放され、無の境地に近い状態になれる。
これは、もはや私にとってオリジナルの写経のようなものでした。
何かを達成するためでも、誰かに認められるためでもなく、ただ描くことに集中する。
その時間が、私にとって必要だったのです。
画家を目指すきっかけとなった出来事

画家を目指すきっかけになったのは、アルバイト先の上司から何気なく言われた一言でした。
「好きなことに思い切って取り組めば、とんとん拍子で物事が進むこともあるよ」
それまではただ絵を描いてるだけで特に活動もしていませんでした。
常に「このままでいいのか」とただ時間が過ぎていくことに不安になっていました。
この言葉が、今でも私が活動する原動力になっているほど「人生の格言」となっています。
現状を変えるには、まず自分が変わらなければならない。
私は思い切ってアルバイトを辞め、人生をかけて“画家として生きる”という決断をしました。
その後、20代前半の親友を突然事故で亡くしたことをきっかけに、
「死」というものを強く意識するようになりました。
それまで当たり前のように続くと思っていた人生も、突然終わる。
その事実を前にして、「悔いのない人生を生きたい」と決意しました。
この出来事がきっかけで画家としてよりプロ意識を強く持つことになります。
幼い頃から続けてきた、意味を説明できないほど夢中になれる行為。
社会に出てから、自分を保つために必要だった行為。
そして、これからの人生を悔いなく生きるために、正直に向き合いたいと思った行為。
それらが、現在の制作へとつながっています。
生きづらさを経験してきた心の叫び

現代社会では、多くの行為が成果や効率、目的によって評価されます。
何のためにやるのか。
何が得られるのか。
どのような結果につながるのか。
そうした問いは、生活を成り立たせるうえで必要なものでもあります。
しかし、すべての行為に意味や目的を求めなければならないとしたら、どうでしょうか。
小学生の頃、自由帳に描いていたものを「何を描いているの?」と聞かれて答えられなかった経験は、今も自分の中に残っています。
具体的な何かを描いているわけではない。
けれど、描くこと自体は確かに必要だった。
私は、描くことを続ける中で、意味を持たない行為にも、
意味を求めることとは別の価値があるのではないかと考えるようになりました。
「意味がないならやらない」という価値観に対して、あえて意味を設定しない行為を持続する。
それは、何かを否定するためではありません。
意味や目的に依存しない在り方が、ほかにもあるのではないかと問いかけるためです。
なにを表現したいのか

私の線描作品は、極細の万年筆と一色の顔料インクを用い、単純な図形や線をひたすら積み重ねていきます。
完成したイメージをあらかじめ決めることはありません。
誰でも描くことのできる単純な形を、誰も描かないほどの量で反復する。
そのことによって、描き手の意図や判断が画面を支配する度合いを、できる限り薄めようとしています。
この制作方法を考えるうえで、20世紀初頭の芸術に登場したオートマティズムを参照しています。
オートマティズムは、意識的なコントロールを放棄し、無意識に表現を委ねることを目指した手法です。シュルレアリスムにおいて、理性による構成を介さず、抑圧された感情や夢、潜在意識の表出を試みる重要な理念となりました。
一方、シュルレアリスムの初期メンバーであるピエール・ナヴィルは、1925年に、絵画において完全なオートマティズムは成立しないと指摘しています。
線を引くという行為は、無意識に委ねたとしても、身体や視覚的媒体を介する以上、完全に意識から切り離すことはできない。
この指摘は、私自身の制作を考えるうえでも重要です。
どれほど意識的な判断を減らしても、線を引く行為は身体を介して行われます。ペン先の向き、紙の抵抗、インクが切れる瞬間、さらには気温や湿度といった環境要因が、描画に変化をもたらします。
私は、その避けられない身体や素材の影響を、排除しようとはしていません。
むしろ、細密表現による積層と反復によって、一つひとつの動作に含まれる意図を薄め、意図だけでは説明できない画面をつくろうとしています。
身体を介した制作である以上、必然は残る。
しかし、その必然が極限まで薄められた状態を、私は「ほぼ偶然」と呼んでいます。
一方で、幼少期から自分のセンスやボキャブラリーなど自分から出力されるもの(自分の脳)を常に疑ってきました。
だからこそ、意図的に何かを生み出そうとするのではなく、描く行為そのものを蓄積させる制作を通して、
自らが意識的に認識・制御できる範囲を超えたものを、視覚化し表現することを試みています。
脳による錯覚に抗う

一方で、人間の知覚は、曖昧な対象の中にも像や秩序を見出そうとします。
雲の形が何かに見えたり、壁の模様に顔を感じたりするように、意味のない線の集合であっても、鑑賞者はそこに何らかのイメージを読み取ることがあります。
パレイドリアやアポフェニアと呼ばれる認知現象も、その一例です。
私の作品も、鑑賞者の知覚から逃れることはできません。
どれほど意味を設定せずに描いても、見る人はそこに何かを見つけるかもしれない。
だからこそ、私は特定のイメージや意図を描くのではなく、反復行為や身体の偶然性、画材の特性を通じて、自我の関与を最小限に抑えようとしています。
作品を「無題」とするのも、同じ考えによるものです。
タイトルによって鑑賞者に解釈の手がかりを与え、意味を一つの方向へ導くのではなく、作品との間に、まだ名前のない時間を残したい。
何かに見えてもよい。
何にも見えなくてもよい。
ただ、そこにある線を見つめることができる。
そのような状態を、作品の中に残したいと考えています。
描き続けることそのものを、問いにする

「無意味なものを描く」という行為は、何かを否定するためのものではありません。
意味や目的にとらわれる社会の中で、私自身が感じてきた生きづらさから生まれた、ひとつの問いです。
何の役に立つのか。
何につながるのか。
いつ完成するのか。
そうした問いから、いったん離れてみる。
目的を持たない反復的な行為を、あえて持続してみる。
その中で、意図や意味を超えたものが現れる可能性を探っています。
幼い頃、説明できないまま描いていた図形。
社会人になって、心を保つために集中した時間。
死を意識し、悔いのない人生を生きたいと決意したこと。
そして現在、細密な線を積み重ねながら、意図を超えた画面を追求していること。
これらは、別々の出来事ではありません。
私にとって描くことは、何かを表現するためだけの行為ではなく、世界との距離を取り、自分自身の在り方を確かめるための行為でもあります。
意味を見つけなければならない世界の中で、意味を設定せずに描き続ける。
その行為を通して、意味に依存しない在り方の可能性を提示したいと考えています。
そして、作品を見つめる人が、自分自身の知覚や解釈を、ほんの少し問い直す時間となれば幸いです。
最後に:誰でも「始めること」はできる
「絵じゃ食べていけない」——たしかに、それは正しい側面もあるでしょう。でも、それは「描く前からあきらめている人の言葉」でもあります。
私は、特別な才能もなければ、コネも資金もないところからスタートしました。それでも、自分の「描きたい」という想いに正直になったことで、少しずつ道が拓けてきたように感じています。
もし、この記事を読んでくださっているあなたが、「本当はやりたいけれど無理だ」と何かをあきらめかけているのなら、まずは“無理じゃないかもしれない”という可能性に目を向けてみてください。
始めるのに遅すぎるなんてことはないのですから。
