個展を終えて
2026年8月4日から9日まで、東京・吉祥寺のアートギャラリー絵の具箱にて個展を開催しました。
本展は、作家活動18年目にあたり、同会場では15回目となる個展でした。
これまで私は、一定のルールのもとで図形を描き続けることで、
意識的なコントロールだけでは生み出せない画面をつくることを試みてきました。
極細の線をひたすら重ねていく制作では、最初は自分の意思によって線を引いています。
しかし、膨大な回数の反復を続けるうちに、筆圧や線の間隔、身体の状態、さらには気温や湿度など、意識的には完全に管理できない要素が画面に入り込んできます。

今回の展示では、そうした「制御から少しずつ逸脱していくこと」に加え、完成した作品そのものの見え方にも焦点を当てました。
特に試みたのが、鏡を用いて作品の表と裏を同時に見せるシリーズです。

作品は通常、正面から見ることを前提として展示します。
しかし、見る位置を変えれば見えるものも変わります。
さらに表と裏を同時に提示することで、一つの作品を一つの固定された形として捉えるのではなく、
鑑賞する位置や角度によって異なる認識が生まれる状況をつくりました。
実際に会場で作品を並べてみると、制作中には気づかなかった作品同士の関係や、
距離による見え方の変化がありました。
近づいて細かな線を見ると、一つひとつの図形や線の重なりが見えてきます。
一方、少し離れて見ると、それらの細部がまとまり、一つの大きな形として立ち上がってきます。

さらに見る位置を変えることで、先ほどまで見えていた形とは違った印象が現れます。
作品そのものが変化しているわけではありません。
それでも、鑑賞者の身体が動くことで「見えているもの」が変わっていく。
今回の展示では、作品は完成した時点で完全に固定されるものではなく、
見る人との関係の中でも変化していくことを示した試みとなりました

また、本展では2025年から2026年に制作した最新作に加え、
これまで制作してきた作品の中から旧作も選び、およそ40点を展示しました。
新旧の作品を同じ空間に並べてみることで、自分自身の制作の変化についても改めて考える機会となりました。
18年間、基本的な制作姿勢を大きく変えることなく、線を描くという行為を繰り返してきました。
しかし、同じように見える制作の中にも、使用する画材や画面の構成、線の密度、作品の見せ方など、少しずつ変化している部分があります。
今回、過去の作品と現在の作品を並べることで、その変化を自分自身でも客観的に見ることができました。
一方で、長く制作を続けているからこそ、以前には意識していなかったことが現在の制作につながっていることにも気づきました。

今回の個展は、単に新作を発表する場というだけではなく、これまでの制作を振り返りながら、現在の自分が何を試みているのかを確認する場にもなりました。
そして、実際に作品を会場で見ていただくことで、作者が想定していた見え方とは異なる鑑賞のされ方が生まれることも、展示の面白さだと感じました。
作品を近くから見る人、少し離れて見る人、長い時間一つの作品を見続ける人。
人によって作品との距離や見る時間が異なれば、当然そこから生まれる印象も変わります。
それは、制作の段階で完全にコントロールすることのできないものです。
私自身、作品の中から意図を取り除き、偶然性を取り込むことを制作の一つの目的としてきましたが、
展示という段階においても、同じように自分では完全に制御できないものが生まれているのだと思います。
制作時の身体の状態や環境によって線が変化すること。
完成した作品を見る位置によって認識が変化すること。
そして、鑑賞者によって作品から受け取るものが変化すること。
これらはすべて、自分が意図して決められるものではありません。
今回の個展では、そうした「自分では完全に決めることのできないもの」が、作品を成立させる重要な要素になっていることを改めて確認することができました。
「見えているもの」は、本当に固定された形なのか。
今回の展示で提示したかったのは、明確な答えではありません。
いつも見ているものでも、少し位置を変えるだけで違って見える。
一つの形だと思っていたものが、別の形にも見えてくる。
そうした小さな揺らぎを実際の作品を通して体験していただけたのであれば、
本展を開催した意味があったと思います。

次回の開催に向けて
吉祥寺での個展は毎年夏ごろに開催しています。
今回の個展を終えて例えば簡単なテーマに絞って作品を展示できるほど
作品点数がたまってきたことを再確認できたので
例えば「青」や「ガラスペン画」に絞って展示することも可能になってきました。
来年以降はこういった何かテーマを設定して展示するのもいいかもしれません。
18年目の制作活動、そして15回目となったアートギャラリー絵の具箱での個展を終え、
客観的に作品が展示されている様子を見れたことで、これから試していきたいことが見えてきました。
今後も、線を描くという単純な行為を繰り返しながら、
意識的にコントロールできる範囲を少しずつ超えていくことを試みていきます。
そして、作品を見る人にとっても、普段とは少し違った見え方や、意味をすぐには決められない時間をつくることができればと思います。
ご来場いただいた皆さま、作品をご覧いただいた皆さま、
そして展示に関わってくださった皆さまに、改めて感謝いたします。
ありがとうございました。
