目次
なぜ抽象画は「わからない」と思われるのか?
「抽象画って意味不明」
「何が描いてあるの?」
「子どもでも描けそう」
――抽象画に対する第一印象は、しばしば誤解に満ちています。
けれどそれは、あなたの感性が鈍いわけでも、抽象画がいい加減なものだからでもありません。
単に「理解するための視点」がないだけ。
逆にいえば、視点さえ手に入れれば、
抽象画はあなたにとって豊かな表現のフィールドになります。
この記事では、抽象画の成り立ちや歴史的背景を踏まえながら、
初心者でもできる描き方・考え方を、丁寧にわかりやすく解説していきます。
関連記事:抽象画の魅力と見方がわかる初心者ガイド
抽象画とは何か?

写実からの脱却:カメラの登場が絵画を変えた
かつて絵画は「現実を忠実に描く」ことが目的でした。
しかし19世紀、カメラ(写真機)の登場により、「写実」は技術的な価値を失いはじめます。
「それなら、絵にしかできないことは何か?」
この問いに向き合い始めた画家たちは、色や線、構成といった“形のエッセンス”そのものに価値を見出すようになりました。
抽象画の先駆者たち
- カンディンスキー(ロシア):音楽にヒントを得て、「色や形にも感情を伝える力がある」と主張。1910年ごろ、世界初の本格的な抽象画を描いたとされています。
- モンドリアン(オランダ):幾何学的でシンプルな構成で「究極の秩序と調和」を追求。
- マレーヴィチ(ロシア):白地に黒い正方形を描いた《ブラック・スクエア》で「完全な抽象」の極地に到達。
彼らは、見たものを描くのではなく、「見えないものを感じさせる」表現を目指しました。
抽象画の本質は、「内面をそのまま出すこと」ではありません。
むしろ、自分の中にある状態を観察し、それをどう扱うかを考えながら配置していくプロセスにあります。感情そのものよりも、「どう選び、どう残したか」が作品に表れます。
そのため、出来上がった作品は必ずしも分かりやすいものにはなりません。
しかし、すべてを説明しきらないからこそ、見る人が自分の感覚で入り込む余地が生まれます。同じ作品でも、人によって違う印象を持つのはそのためです。
抽象画は、何かをはっきり伝えるための手段というより、「はっきりさせない部分を残す」ための表現でもあります。
決めすぎず、整えすぎず、そのときの状態をそのまま受け止めて置いていく。この積み重ねが、結果としてその人にしか作れない画面を生み出します。
難しく考える必要はありません。
今の自分が選んだ色や線には、必ず理由があります。それを無理に説明しようとせず、そのまま画面に残していくこと。それが、抽象画の一番基本的な考え方です。
抽象画って何を描いてるの?3つのタイプで理解する
抽象画といっても、実はいくつかのアプローチがあります。代表的な3つを紹介します。
① 「具象の簡略化」型(セミ・アブストラクト)
現実のものをモチーフにしつつも、形や色を誇張・簡略化して描くスタイル。ピカソのキュビスム、マティスの切り絵などが代表例です。
👉初心者はこのタイプから入るとスムーズ。
② 「感情・衝動表現」型(アクション・アブストラクト)
ジャクソン・ポロックに代表されるような、感情のままに絵具を垂らしたり、ぶつけたりするタイプ。偶然性と即興性がポイントです。
👉勢いやエネルギーを描きたい人に向いています。
③ 「構造的・理念的」型(ジオメトリック・アブストラクト)
モンドリアンのように、シンプルな図形や直線だけで世界観を作るスタイル。秩序、バランス、構成美が命。
👉理詰めで考えるのが好きな人に向いています。
初心者のための「抽象画の描き方」ステップガイド

ステップ1:モチーフを決める or 決めない
抽象画だからといって「無から始める必要はない」です。以下の2パターンどちらでもOK。
- 何かを元にする(具象→抽象)
→ 風景、人物、感情などをもとに、線・形・色に分解して描く。 - 無意識に任せる(自由な即興)
→ 最初の一筆から偶然に任せて、流れにのって展開させる。
まずは、あなたが「描きたいのは何か?」を自分に問いましょう。
ステップ2:線・形・色の“3要素”で考える
抽象画は、シンプルな要素の選び方で印象が大きく変わります。
- 線:細い/太い/曲線/直線/断続的
線は、感情の動きやリズムを直接的に表します。ゆっくりと引かれた線は落ち着きや安定感を持ち、速く勢いのある線は緊張や衝動を感じさせます。線の「きれいさ」よりも、「どういう動きで引かれたか」がそのまま伝わるのが特徴です。
さらに、筆圧や道具によっても線の表情は変わります。
強く押し付けた線は重く力強くなり、軽く触れるような線は繊細で頼りない印象になります。筆だけでなく、ペンや指、布などを使うことで、より幅広い表現が可能になります。道具を変えるだけで、自分では意識していなかった動きが引き出されることもあります。
- 形:幾何学か、有機的か?
形は、画面全体の印象や感情の方向性を大きく左右する要素です。特に「幾何学的な形」と「有機的な形」の違いを意識するだけで、表現の幅は大きく広がります。
まず幾何学的な形についてです。
円や三角形、四角形といった規則性のある形は、安定感や秩序、冷静さを感じさせます。直線が多く、角がはっきりしているため、画面に緊張感や構造的な印象が生まれやすいのが特徴です。
一方で、有機的な形はもっと曖昧で不規則です。
曲線が多く、輪郭がはっきりしない形は、自然物のような柔らかさや揺らぎを感じさせます。水の流れや雲、植物のように、同じ形が繰り返されないことが特徴です。
こうした形は、感情の不安定さや変化、あるいは生命的な動きを表現するのに向いています。整っていないからこそ、見る人の感覚に直接働きかける力があります。
- 色:明るい/暗い/補色/単色トーン
色は、感情の温度や空気感をそのまま伝える働きを持っています。たとえば、鮮やかで明るい色は軽さや開放感を感じさせやすく、暗く濁った色は重さや静けさを感じさせます。ただし、これはあくまで傾向であって、必ずしも決まりではありません。大切なのは「自分がどう感じるか」です。
また、色は単体で見るのではなく、組み合わせによって印象が大きく変わります。
同じ青でも、隣に置く色が変われば冷たくも温かくも見えます。強い色同士をぶつけると緊張感が生まれ、似た色を重ねると落ち着いたまとまりが出ます。この関係性を意識するだけで、画面全体の空気が自然と整っていきます。
例えば、怒りを描くなら鋭い線と強いコントラストの赤。静けさなら、淡い青と柔らかい曲線、など「感情」を視覚に変換していきます。
ステップ3:画面づくりの基本
抽象画では、何を描くかよりも「どう配置するか」が作品の印象を大きく左右します。
その土台になるのが、構図・マチエール(質感)・余白・重なりといった画面づくりの要素です。
それぞれは独立しているようでいて、組み合わさることで画面にまとまりや奥行きが生まれます。
構図
色や形をどこに置くかという配置のことです。同じ要素でも、置く場所が変わるだけで印象は大きく変わります。たとえば、画面の中心に要素を置けば安定感が生まれ、端に寄せると不安定さや動きが出ます。
また、大きいものと小さいものを組み合わせることで、視線の流れが生まれます。均等に並べると落ち着いた印象になり、あえて偏らせることで緊張感が生まれます。構図は「正解を作るもの」ではなく、「どう感じさせるか」を調整するための手段です。
質感(マチエール)
これは絵の具の厚みやザラつき、滑らかさといった触覚的な要素を指します。たとえば、絵の具を厚く盛れば重さや力強さが出ますし、薄く塗れば軽さや静けさが出ます。
さらに、あえてムラを残したり、削ったりすることで、画面に変化が生まれます。つるつるした面とざらざらした面を混ぜるだけでも、単調さがなくなり、見る側の感覚に引っかかりが生まれます。質感は、見た目だけでなく「触れたくなるかどうか」にも関わる重要な要素です。
余白
余白は「何もない場所」ではなく、「意図して残された空間」です。すべてを描き込んでしまうと、どこを見ればいいのか分かりにくくなりますが、余白があることで、描かれている部分がより強く引き立ちます。
また、余白は見る人の想像力が入り込む余地にもなります。何も描かれていないからこそ、それぞれが自由に意味を見出すことができます。描かないという選択も、画面づくりの一つの重要な判断です。
積層
色や線を何層にも重ねることで、画面に深みが生まれます。一度で完成させるのではなく、時間をかけて積み上げることで、単純な色では出せない複雑さが生まれます。
たとえば、下に塗った色がうっすら透ける状態を残すと、奥行きや時間の流れを感じさせることができます。過去の層が残り、その上に現在の層が重なることで、一枚の画面の中に複数の時間が共存するような状態になります。
これらの要素は、特別な技術がなくても意識することができます。
どこに置くか、どこを残すか、どれくらい重ねるか。その一つひとつの判断が、作品の印象を少しずつ形づくっていきます。
抽象画の画面づくりは、複雑な理論よりも「配置と調整の積み重ね」です。
完成を急ぐのではなく、全体を見ながら少しずつ整えていくことで、自然とバランスの取れた画面に近づいていきます。
ステップ4:偶然を活かす
抽象画では、「コントロールしきれない偶然」が味になります。たとえば絵具がにじんだ、筆が滑った――それも一つの表現です。
意図と偶然が交差するところに、抽象の魅力があります。
実際にやってみよう!初心者向け抽象画練習法3選

練習①:線だけで感情を描いてみる
テーマ:「怒り」「喜び」「孤独」など、感情を線だけで表現。色も形も禁止。
→ 自分の線にどんなクセがあるのか、観察する良い練習になります。
練習②:写真を抽象化してみる
お気に入りの写真をもとに、色と形を簡略化して抽象化してみましょう。
風景なら、空=青、地面=茶、建物=四角形…とシンプルに変換。
練習③:音楽を聴きながら即興で描く
抽象画の原点のひとつは音楽です。
クラシックでもジャズでも好きな音楽を聴きながら、色・形を「音」として受け取って描いてみましょう。手が止まらず楽しく描けるはずです。
目的別おすすめ画材セット(初心者向け)
| 目的 | おすすめセット |
|---|---|
| 色彩で遊びたい | アクリル12色+筆セット+F4キャンバス |
| にじみを楽しみたい | 透明水彩+水彩紙ブロック+筆数本 |
| 線で構成したい | POSCAマーカー+厚紙+スケッチブック |
| 材料で遊びたい | アクリル+モデリングペースト+コラージュ用具 |
📌注意点と補足
抽象画は自由度が高い表現ですが、その分バランスを崩しやすい側面もあります。ここでは、制作の中で起こりやすい4つの注意点を整理します。
描きすぎ|情報過多で魅力が消える
抽象画で最も多い失敗の一つが「描きすぎ」です。
画面を良くしようとして手を加え続けるうちに、最初にあった鮮度や強さが失われてしまうことがあります。
特に、良いバランスが一度できていたにもかかわらず、さらに要素を足してしまうことで、全体が重くなり、焦点がぼやける状態になりやすいです。情報が増えすぎると、見る側はどこを見ればよいのか分からなくなります。
これを防ぐために重要なのが「やめる判断」です。
ある程度描いたら、一度手を止めて全体を見る時間をつくります。数歩離れて確認するだけでも、描き込みすぎている部分や不要な要素に気づきやすくなります。
「もう少し描きたい」と感じる段階で止めるくらいが、結果的に余韻や緊張感を残しやすくなります。
偶然に頼りすぎ|意図とのバランスを取る
抽象画では、絵の具のにじみや偶然できた形が魅力になることがあります。
ただし、それに完全に頼ってしまうと、画面全体の統一感が弱くなりやすいです。
偶然はあくまできっかけであり、それをどう扱うかが重要になります。
たとえば、偶然できた形をそのまま残すのか、強調するのか、他の要素とつなげるのかといった判断が必要です。
何も考えずに偶然を重ねていくと、結果としてまとまりのない画面になりやすくなります。
一方で、すべてをコントロールしようとすると、動きのない硬い印象になります。
目安としては「偶然と意図が半分ずつ」くらいの感覚です。
偶然に気づき、それに対して自分なりの選択を加える。この往復が、作品の説得力を高めます。
独りよがり|鑑賞者の入り口を残す
自由に描けるからこそ、完全に自分の中だけで完結してしまう危険もあります。
あまりに個人的すぎる構成や、無秩序な要素の積み重ねは、見る側が作品に入り込むきっかけを失わせてしまいます。
抽象画は必ずしも分かりやすくある必要はありませんが、「どこか一箇所でも引っかかる部分」を残しておくことが重要です。
たとえば、色の対比が美しい部分や、視線が自然に止まるポイントなどです。
これは説明を加えるという意味ではなく、「見る側が関われる余地」を用意するということです。
すべてを閉じた状態にすると、作品は強さを持ちにくくなります。
自分の表現を保ちながらも、外から見たときにどう感じるかを一度考えてみる。この視点を持つだけで、画面の伝わり方は大きく変わります。
道具管理|表現の質に直結する
意外と見落とされやすいのが道具の管理です。
筆が汚れたまま使われていたり、絵の具が混ざりすぎている状態では、意図した色や線が出にくくなります。
特に色は、わずかな汚れでも印象が変わります。
狙った発色が出ない場合、技術の問題ではなく道具の状態が原因であることも少なくありません。
また、筆の状態によって線の質も変わります。
コシのない筆では力強い線は出せず、逆に硬すぎると繊細な表現が難しくなります。
制作後に筆を洗う、パレットを整理するなど、基本的な手入れを習慣にすることで、次の制作がスムーズになります。
道具の状態を整えることは、そのまま表現の精度を上げることにつながります。
- **最初は高級品より「使い倒せる安価な画材」で十分。**表現が決まり次第、少しずつプロ向けへ移行。
- 道具に慣れることが「描き方」の近道。抽象画は技術よりも感覚の訓練が重要。
抽象画で得られるもの
抽象画は単なる表現手段にとどまらず、描く過程そのものが思考や感覚に変化をもたらします。ここでは、実際に描き続ける中で得られやすい4つの側面について整理します。
固定観念からの解放
私たちは普段、「こうあるべき」という前提の中で物事を判断しています。
たとえば、空は青、木は緑といった認識は便利ですが、それに縛られると表現の幅は自然と狭くなります。
抽象画では、こうした前提を一度外すことになります。
何を描いてもよく、どんな色を使ってもよいため、「正しく描く」という意識そのものが不要になります。
たとえば、違和感のある色の組み合わせをあえて試してみる。形として成立していない線をそのまま残してみる。こうした選択を繰り返すうちに、「これは間違いではないのか」という考えが徐々に薄れていきます。
この経験を通して、「見え方は一つではない」という感覚が身についていきます。
結果として、日常の中でも物事を一方向から決めつけず、柔軟に捉える視点が育ちます。
自分との対話(内面の整理・癒し)
抽象画を描く時間は、外に向かう活動というよりも、自分の内側に意識を向ける時間になります。
何を描くかが決まっていないため、「今どんな状態か」を自然に探ることになるからです。
たとえば、色を選ぶときに手が止まる場合、それは迷いがある状態かもしれません。逆に迷わず色が決まるときは、内面がある程度整理されているとも考えられます。こうした小さな反応を手がかりに、自分の状態を把握することができます。
また、言葉にしにくい感覚でも、色や線として外に出すことで距離が生まれます。
頭の中だけで抱えていたものが、画面上に分離されることで、客観的に見られるようになります。
このプロセスは、無理に整理しようとしなくても自然に進みます。
結果として、描き終えたあとに「少し軽くなった」と感じることがあります。これは特別な技術ではなく、表現そのものが持つ作用です。
発想力・問題解決力の向上
抽象画には決まった完成形がありません。
そのため、描いている途中で予想外の状態になることが前提になります。
たとえば、色が思った以上に濁った、線が崩れた、バランスが偏ったといった場面です。
このとき、それを失敗として止めるのではなく、「どう活かすか」を考える必要が出てきます。
上から別の色を重ねる、あえて対比を強くする、不要な部分を削るなど、その場で判断しながら画面を調整していきます。この一連の流れは、問題に対して複数の選択肢を検討し、最適な手を選ぶ訓練に近いものです。
また、偶然に対してどう対応するかも重要になります。
意図しない変化を完全に排除するのではなく、一度受け止めたうえで再構成する。この考え方は、日常のトラブル対応にも応用できます。
結果として、状況に応じて柔軟に判断する力が少しずつ身についていきます。
自分の感性への自信
抽象画では、他人と同じ基準で評価することが難しいため、自分自身の判断がそのまま作品に反映されます。
どの色を選ぶか、どこで止めるか、何を残すか。そのすべてを自分で決める必要があります。
最初はその判断に迷うこともありますが、繰り返すうちに「自分はこういう選び方をする」という傾向が見えてきます。
この積み重ねによって、自分なりの基準が少しずつ形成されていきます。
重要なのは、うまく見せることではなく、「自分にとって納得できるかどうか」です。
外からの評価ではなく、自分の感覚で判断する経験を重ねることで、他人の意見に過度に左右されにくくなります。
また、一貫して選び続けた結果として現れる画面には、自然と統一感が生まれます。
それが「個性」として認識されるようになり、自分の表現に対する信頼につながります。
よくある初心者の悩みとその解決策

「意味がないように見えて不安」
→抽象画に“わかりやすい意味”があるとは限りません。
大事なのは、「何かを感じるか」。意味ではなく「感覚」でOKです。
「途中で迷走」
→途中で見失って当然です。そんなときは、一度絵から離れて「どんな印象になっているか」を自問してください。タイトルをつけると、軸が見えやすくなります。
「人に見せるのが怖い」
→抽象画は“見た人が意味を見つける”もの。他人が勝手に感想をつけてくれるので、
逆に気楽に見せてOK。
おわりに:抽象画とは「自分と向き合うための鏡」

抽象画を描くことは、自分の感情、感覚、記憶、気配といった“形のないもの”を目に見える形にする行為です。それは「答えを外に求めず、自分自身に問いかける」ことでもあります。
芸術とは本来、見る人も描く人も、自由であるべきもの。
「上手く描けたかどうか」よりも、「あなたが何を感じたか、何を感じさせたいか」に集中してください。
抽象画は、あなたの中の“ことばにならないもの”を受け止めてくれます。
絵が下手でも、抽象画は描ける。
感性が鋭くなくても、抽象画は向き合ってくれる。
あなたが描けば、それはすでに“あなたの抽象画”です。
さあ、白い紙を一枚。
まずは一筆、自由に線を引いてみましょう。
それがすべての始まりです。



